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エトセトラ♪

いじめについて



未婚に到る道のり

私は30代未婚の母である。いわゆるシングルマザーってやつです。

なーんで、未婚がいいのか。結婚したくないのか。なのに どうして家族が欲しいのか?

おまけ(未婚ママの統計;朝日新聞より)

1. 今までの自分の歩み(AC) 2. 未婚ママが性に合ってる 3. 良いパートナーが不可欠
4. 未婚ママのわきまえ 5. どちらかが死ぬ時 6.
7. 出産に到る辺りのJUNについて


1.今までの自分の歩み

本来の役割(子供は守られ、愛される)が機能しない家庭に育った筆者(JUN)は、やはり精神科の医者に AC(アダルトチルドレン)と診断された。そのACが育った過程を思い出して書き連ねてみようと思う。
しかし始めに断っておくが、これを読んで「まだ親がいるだけマシじゃないの?」って思う人もいるだろう。しかし、何が良かった事で悪かった事かは誰にも判らない。生みの親に育ててもらう事が一番では無い時だってあるのだ。だからとりあえず、ここでは実際にあった事を書き連ね、苦しかった事は苦しい、と素直に表現してみる。(これは違うんじゃないか?というのがありましたらメールででもご指示頂ければ幸いです。)

【過去の自分の様子と検証】<各項目>
  1. 信じてもらえない子供
  2. ケガをしても放って置かれる子供
  3. 虐められているのに無関心
  4. 親から身体的悪口を言われる子供
  5. 口答えをした場合、暴力を受ける→暴力への恐怖
  6. 父親に対する激しい恐怖、嫌悪感
  7. 父親とはなんぞや?
  8. 家に居てもここは家ではない
  9. 今のところの結論は・・NEW!!
※ちょいと準備中です。徐々に書き足していきます。すみません。

【過去の自分の様子と検証】<各項目詳細>


やっほ♪信じてもらえない子供


小さい頃、小学校4年生くらいだったか、一人でお風呂に入っている時。湯船に水を入れてはいけない(ぬるくなるから)と言われていたから、水を入れるフリをして洗面器で湯船のお湯をすくって、 上の方からチョロチョロと水道水を入れているように音をさせて親から信じてもらえるかどうか実験してみた。そうしたらやっぱり、お風呂から上がった時、

(父)「JUN、お風呂に水を入れてたのか?」
「入れていないよ。」
(父)「嘘をつくな。」
「ウソじゃないもん。」
(父)「嘘ばっかりつきやがって・・。」

とまあ、さすがにこの後は黙りこくってしまったが、心の中で「見てもいないのに。私の言う事は 信じてもらえないんだな。」と幼心ながら思ってしまった。
他にも、父は「〜が無くなった。お前だろう。」とやっても無い事をなすりつけられた。こんな嫌な思いを した事があったので、のちのち、人の事を言う時は必ず自分の目で見てから、というのを大事にした。



やっほ♪ケガをしても放って置かれる子供


これも小さい頃(↑と同じ頃?)、お風呂を沸かすのに木をくべていた(古っ!だって今30代ですよ・笑)。 わっさわっさ木が燃えて作業中に窯(?)の鉄の部分に人差し指が当たった。やけどをして、指の腹が 痛くて痛くてしょうがなかったが、薬を塗るまでも無く父親は、

「舐めておけば治る」
(心の中で)「そりゃぁ〜ないでしょう〜(涙。」

・・・まあね、昔はおばあちゃんとかが「ツバ付けておけば治る!」とかいうマンガ、よくあるけどさ。 しかし本当に痛かったもんね。「どれどれ?」とかなんとか、心配して欲しかったなぁ。私にはあまり、 放って置かれるのは、軽く絶望感を感じたな。え?こんなもんなの?でもね、ケガした時に関わらず 「あなたのことを構ってますよ。」という意思表示を何かの形で小さな事でいいから示してくれていたら 「私は大事にされているんだなぁ」とホンワカ思えたと思うんだけどな・・・。
だからさ、今も、みなとが怪我をした時、「面倒臭いなぁ〜。」なんて心の中で思ってても、 (てか、面倒臭いなんて思うなよ!ってツッコミ入れたくはなるけど)

「大丈夫?フゥ〜、フゥ〜!!」

とは、一応、やるよ!(自慢じゃないな。)でも、これは男親(父)と女親(私)との対応の違いなのか??



やっほ♪虐められているのに無関心


小学校5、6年かな?今から考えたら些細だった揉め事を、母に

「いじめられているの。学校、面白くない。行きたくない。」

と訴えた。内心は軽く沈んではいたがそれほどでもなく、これもある種の実験かな? ★かまって欲しい★ビームを投げかけた。。。。。が、撃沈・笑。大して問題にされなく、ここでも自分は ちょっぴり失望感。



やっほ♪親から身体的悪口を言われる子供


小学校高学年の頃、食卓で父親が何か手や腕を使って何かを形作ろうとしている。何やってるんだろう? とじっと見ていたけどわかんない。台所場に立つ私の後姿を見て、その様子を表そうとしているようだ。
何???

左手ひじから上を天井に向けて目の前で立て、右手でチョキを作ってテーブルに向かって逆さまに向け、 人差し指と中指の先端ををテーブルに付けてトコトコ歩く真似をする。その右手の上に、さっきの左手ひじ から上を乗せる。

ははぁーん。つまり私が足が短いって事ね。あんたも短いじゃないか。

自分の娘の身体的特徴でどちらかと言えば短所的な所を、よくもニヤニヤいやらしい顔をしてからかうなぁ。 我ながら立派な父親を持ったもんだ。

これはちょっと、後々、思春期の頃はトラウマになった。身長のトータルの長さを短くすれば足の短さの割合が 比較的高くなって、ごまかせるのでは?と、小学校から背を低く見せようと猫背を始めた。 これで何年も過ごしちゃったから今も、大猫背だ。
ま、別にこの身体的特徴は今はどうって事無い。。。。。ちょっと恥ずかしいだけだ(笑。

元気で生きている事の方が大事だからね♪



やっほ♪口答えをしたら暴力を受ける


ちょこちょこ色んな家庭で親からの暴力はあるそうだけど、うちもそうだった。
白を黒だと言ってもそれに従わねばならなかった。(これって映画で観る戦時中の厳格おやじみたいだ。)

私の女の先輩にも似たようなお父さんをお持ちの方がいた。その先輩と父親の暴力について話をする事があったがその先輩自身はヤラれなかった事を聞いた。代わりに上の兄弟がとことんヤラれたそうだ。殴られたり蹴られたり。 でもさ、先輩の上の兄弟っておにいちゃんなんだよね。男。私は女。女って、男より力が弱いんじゃなかった っけ?大人より子供の方が力がちっぽけじゃなかったっけ?あれ?違うのかなぁ?
先輩は、殴られてないから、今となってもお父さんと交流がある。しかし先輩のお兄さん達は会う事もない そうだ。私とおんなじだ。会うどころか、声を聞いたりするのさえ、怖い。
今は私も大人になって、口が達者じゃないから、カァーッ!!と来たら手を出す事で解決しようとする 男の人にたまに出会う。そういう人たちには、私が父親に対して思った感覚と 同じ、ただただ動物的本能のように恐怖感を感じ、鳥肌を立てながら「この人には寄り付きたくない」と思っちゃう。

私もしつけで(と称して)、お尻ペンペンくらいはやる。でもこれは最終兵器・・じゃなかった、最終手段だ。 食事するお店で「ワァーワァー」叫んでいたり走り回っていたりしたら、やはりみんなが居るところだから、 大人しくするようにペンペンしちゃう。しかし、本当に最後の手段だ。その後、もうどうしようもなく落ち着かなかったら車の中に閉じ込める(笑)。これは仕方が無い。しつけだ。しつけ・・・うん。。。
・・とまあ、途中でしつけの事まで訳分らなくなっちゃったけど、父親の場合は、しつけと称するようなもんじゃなくて、ただ反対意見を言ったり、父親の指示に一字一句違わず従わなければ思いっきりどつかれる。お尻ペンペンほどではすまされない。(立てなくなるほどね・汗)

やっぱりやっぱり、私は暴力反対。



やっほ♪ 父親に対する激しい恐怖・嫌悪感

父親から暴力を振るわれる。これは親戚達から言わせると「職業柄」と言う事らしい。ACの親によくありがち なアルカホーリック(アルコール依存症)と言う訳ではなく、職業柄、組織における抑圧のせいでいつも ピリピリしているから、というらしい。それもあるのかなぁとは思うが、父親の特徴として「口下手」と 言うのがある。これは私が以前付き合った男性でも「口下手」の人は手を出しやすいという傾向があった。 そのような男性でも父親同様、カーッと怒った場合はよく手を出された。そしていつものように後になって 謝ってくる。こんな男性と付き合った経験のある女性も何人かいるだろう。しかし父親の場合は後で謝って くるわけでもない。
私の方を省みてみると、確かに私は口が立った。子供に口答えされるのがたまらなく 嫌だったのだと思う。とにかく女は黙って大人しくしていればいい、というような考えの人に思えた。 しかし、口が立って口答えする娘に、幾らなんでも蹴ったりして立てなくなるくらいの暴力を振るわれたのは 私の人生で大きな痛手となっておりトラウマにもなっている。
18くらいの頃、ある日隣の家の車の排気ガスが臭いからと戸を閉めた事があって、それが気に入らなかった のか、いきなり「バシーッ」と頭をはたかれる。また父親が言った事に対して「それは違うと思う」と一言 言っただけで部屋の窓を全部閉め始め鍵をかけ(悲鳴が近所に聞こえない様に)、足を何発か思いっきり 青あざ出来るくらいに蹴り上げられて立てなくなるほどやられた。
(もっと私はひどい事をやられた事がある、という人もいるだろうけど)このくらい暴力的だと一応は女である私は恐怖感で父親の顔を見れなくなっていた。そしてお決まりの様に 「グレてやる!」とちょっとだけ思って不良友達と遊んでみたりの抵抗を働いてもみたりした。だけど私は 母親からは優しく上品に育つようにと(母親は上品チックだった)マインドコントロールされてはいたから 心のどこかでブレーキが掛かっちゃって、カンペキな不良にはなれなかった。
そんな中途半端な私だったけど、もう「暴力」に対しては完全に拒否する体質が出来上がっていた。 人間も動物の一種だから、本能的に生命を危うくさせるものに対しては、それを避けたりする行動になる。 それが私にとっては父親であったのだ。



やっほ♪ 父親とはなんぞや?


とまあ、こうなると思春期の頃ですから目も合わせたくない、一緒の空気も吸いたくない、となってまたまた お決まりのコース「一人暮らし」となるわけです。
暴力を振るわれる以外に、それでも「悪かったな」と思ってくれて笑顔を見せてくれたりしてくれればまだ 救われたのかもしれないけど、私は、生まれて此の方父親の笑顔と言うものを見た事が無い(笑)。
結構これは他の人にはインパクトあって「笑っているところ見た事無いの?」ってびっくりされる。これも 職業柄なんだろうけどせめて家の娘である私には笑顔の一つくらいは見せてくれてたって良かったのじゃないかな?と思うけど、もうこれだけ暴力に対する恐怖が植えつけられちゃった当時、「今もし笑顔を見せられ ても無理だわ。」なんて思ってた。
で、案の定自分でバイトして自分で部屋を借り家の物も全て揃えた。その前に母親には「家を出たい。家を 出る。」と相談(?)していたような記憶があるけど別に止められたという記憶も無い。仕方ない、と思ったんだと思う。
母親は特に今まで助けてくれると言う場面が無かった。父親から暴力を振るわれる時はなぜか母親は居なかった。あれ?居たっけ?居ても父親の事が怖かったんだろうと思う。部屋の戸も閉められてやられていたから 後になって(30の頃)母親に聞いてみたけど、大したしつけ(暴力)では無いだろうとは思っていたらしい。 その時私が「あれは虐待だった・・・。」と告白した時、「そんなはずは無い」と否定はしていたが それに気づかなかったというちょっとばかりの後悔と「私では何も出来なかった」というちょっとばかりの 謝罪の雰囲気を母の表情から読み取った。
もう、その頃から(ひょっとしたらもっと前からだったのかも知れない)私は「父親」というものは 私の人生から全く意味が無くなり存在する意義さえも判らなくなっていた。





やっほ♪ 家に居てもここは家ではない


父親への恐怖感から一人暮らしを始めたのだけれど、それまでの実家に居る間は、食事は自分の部屋で 食べていた。バイトをしていたからお金はあったのでお弁当屋さんで弁当を買って帰っていた。 二十歳過ぎのの頃だったかな。黙々と一人で。
家に居る事はかなり少なく、大体が友達のところで寝泊りしたり、夜は好きな人と遊びに行って 朝に帰るといった生活だった。家は寝るだけの場所。女だからさすがに外で寝るわけにはいかないので 一応は家で寝ていた。家にいても、まるで借りたアパートのように、ただ「居る」だけだった。 何て言えばいいんだろう、父親も母親もそろっているのに、贅沢だけど家の感触が無かった。 体を守る服を着ずに、裸で砂嵐の中にいるような感じ。なんか、肌が痛かった。

母親は田舎で育った普通の人だった。私がそんな生活をしていたら父親は「お前の教育が悪い」と 結構母親にあたっていた。泣いていたのも見たなあ。母親は普通に好きだったような気がする。 だけどどちらかといえば私より父親の味方になっているような感じだった。父親の言うことを聞いておかないと いけない、父親が絶対だった。
そういえば親戚達の雰囲気といえば父方の方は、男尊女卑や、世間体、弱者に対する差別意識のようなものを持っていたように思えた。だから家では小さい時はよくこれらは重大だと説かれたものだった。そういうところに嫁いで来た母親だったから 親戚達の雰囲気に合わせなければならなかったし、父親に服従していた、ってな感じ だったような気がする。

助けは母親に求めればよかったのに、と言われそうだが、「女性は男性(旦那)の働きが無かったら 生きていけず、男性に服従するもの」と父親一家にマインドコントロールされていたから、私の事は 可愛かったんだろうけど、私をかばう事は出来なかった。例え、父親が私に暴力を振るっていたとしても。 まあ、変に歪んだ保守的な家だったと思う。


(おまけ)
私みたいに変に歪んだ保守的な家で育った人も、この世の中には何人かいると思う。しかしその歪みを 改めていかなきゃ、人生トータルで見たらマイナスになっちゃって、結果的には幸せな死に方が出来ないと思う。 そのようにならない為には、様々な人生経験を経ることが大事だ。 このところ30代に入ってそういう事を痛切に感じているJUNであった・・・★歳をとると言う事は色んな物が見えてくるよのぉ★。。。

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やっほ♪ 今のところの結論は・・ 


そうですな。直接的にはこういった一連の私の生い立ちが影響しているのかなぁ。
「父親不要」・・・なんだろうなぁ。
でもまあ、この事は少なくとも自分自身の勉強の為にこうなったと思う事にしなくちゃいけないな。
シングルマザーとなった今、自分の中の「父親不要」論に対し、どう言う結果であれ、
心の中で何か結果を出さなくてはならないと思う。いつかは・・・。
そしてこの何らかの「解答」を得た時、きっとここで報告ができると思う。

 

励みになるのでどちらかポチッとお願いします→ JRANKホームページランキング アリガト♪2007/01/18

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