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エトセトラ♪

いじめについて


日々思ったこと

「日焼けと原爆」 「ストーカーは自分の事こそが可愛いのである」
「心の日記(3)」 「心の日記(2)」 「心の日記(1)」 いじめは「犯罪」である。
「生死彷徨う祖母を見舞ってきました。U」 「生死彷徨う祖母を見舞ってきました。」 「我が子を虐待死させる母親について考えるU」
「我が子を虐待死させる母親について考える」 「伝言ゲーム」 「ワタシハワガコガダイジデアル」 「座ったなりモァ〜ッ!」 「思いやりの大切さ」
「++独白++」 「再犯の可能性のあるどうしようもない犯罪者へつけるクスリ。」 「自分が自分をほめてあげなきゃ!」
「メールって目で読むしかない言葉、難しい。」 「オーラの泉・・・人生は必然の連続」 「オーラの泉」





日焼けと原爆

先日海水浴に行って、足だけ日焼け止めを塗らないでしまったので日焼けをしてしまった。
かなり日差しの強い日で、その日焼けは単なる「日焼け」ではなく、お医者さんに診せに行ったら

「やけどですな」

といわれた。いやー、かなり痛い。水ぶくれの一歩手前で、表面の皮膚だけじゃなくて中の方まで痛い。
炎症止めの飲み薬と塗り薬をもらった。2,3日はパンツが擦れるのさえも「ギャーッ」てな感じで、 表面の方なんか血が点々と浮いて出たような模様も出ている。正座も痛い。正座して立つときも痛い。 これはとんでもない事になったと思っていた。

ここでふと長崎や広島、被爆された人の事を想った。新聞にもこの季節、原爆に遭った人たちの体験談が 載っている。凄まじい体験。読んでいるだけで自分の体が痛くなりそうな、本当に酷い手記だった。 そういったのを読んでいたので、「この日焼けの火傷(やけど)でさえ、こんなに痛い。これが全身、 そして皮膚が垂れ下がったりして、熱さで川に飛び込んでいった人達はどれほどの苦しみだったのか」、と 思って胸が痛くなった。

原爆を落とした側のアメリカでさえも今は核の恐怖--今度はこっちに落とされるのではないか--という恐れも抱いているらしい。唯一の被爆国であるこの日本は、残酷だという理由で今の子供にその恐ろしさを教えずにいるという話も あるらしいが、きちんとその悲惨さ、無念さを世界中に発信していくことが出来るよう、世界平和を切に 訴えられるよう、気持ちをまたしっかりもって行きたい。

先日の江原さんのTV(天国からの手紙)であったが、「みんななかよく」だ。



※フジテレビの「はだしのゲン」見逃してしまった・・強くDVD化希望。

ブログ・オブ・ウォー 僕たちのイラク・アフガニスタン戦争


JRANKホームページランキング 2007/08/12  アリガト♪





ストーカーは自分の事こそが可愛いのである

以前私はストーカー被害を受けた事がある。いや、その前にその人物に私は暴力を振るわれていたから、 暴力プラスストーカー被害に遭って2重にしんどかった覚えがある。
その人物とは以前付き合っていた男性だった(恥ずかしながら見る目が無かったのだ)。 当時は私も口でガッツリ応戦していたタイプだったから口でかなわぬとなるとすぐに手を挙げられた。 手を挙げられるというよりはもう、「殴る・蹴る」だった。お互い喧嘩をしては仲直りが出来ることは 出来たが、相手は激高するタイプで私なんかもう、拳で顔を殴られ目の周りが黒いパンダ状態になっていた。 相手はそれでも私を手放したくないばかりに私の自由を利かなくするよう、日常の事でさえも制限を加えた。 仕事場では同僚男性と話をしてはならない、門限も何時まで、とか。自由が大好きな私はこんな事に耐えられる はずもなく、でも何とかその時は言う事を聞いてあげようと思っていたのか、幾らかはその通りにしてたけど やはり自由の無さと暴力で私は逃げる事を決意した。つまり同棲していたわけだ。
勿論最初は結婚もしようと思っていたし、相手の親とも仲良くやっていた。しかし暴力がエスカレートしてくると命の危険を感じ出したので、相手が外出している時を狙い荷物全部を運び出した。

その後私も情があったのかこれが最悪の事をしてしまったわけだけど、寂しさからかほろっと居場所がわかるような事を言ってしまったのだ。そしてそれから相手から家を見張られる事になってしまった。
帰宅した途端に電話が鳴り「〜へ行ってたんだね、お疲れ様。」とか、いきなり電話がかかってきては 「元気〜?こちらはね、何々をしてどこへ行って・・」と聞かないのに相槌も入れないのに延々と自分の 近況を話し続ける。そして私が電話に出なくなると無言電話を1日に何回も掛けてくる。勿論仕事場にも 張り込みを続けていて、、、そして会社の電話が鳴る事がしょっちゅうあって、会社の電話で口論になり 会社に迷惑を掛けてしまうといったトラブルにもなった。

とまぁ、ストーカーというものは相手の感情とか迷惑とかお構いナシだ。自分が相手を見ていたい、行動を 把握したい、とか欲求が叶えば何でもアリなのだ。実際にストーカー被害に遭った私の感想を述べると、 恐らくストーカーというものは、対象の相手がその人でなければいけない、というものではないのだと思う。つまり相手が自分の思い通りにならないから腹を立てたり暴力を振るったりするわけで 自分さえ満足していればそれでいいのだ。相手は誰だっていいのだ。誰であっても自分の言う事を聞いてくれて 従順でありさえすればいいのだ。私個人はそう感じた。

DV(ドメスティックバイオレンス)やストーカー被害に遭っている方はきちんと機関に相談をなさってくださいね。この文章は私個人の感想であり、唯一の解決法ではありません。



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心の日記(3)

心の日記(2)で、私になーんか、突っかかってくるような言動をしていた同僚の先輩の話を書いたけど、 別に私は何の心配も無かった。というのも、今までの経験上こんな事はしょっちゅうあったし(いじめは無いけど)、それに やっかみも終わりが無い事はなく、大抵はどこかで打ち解けちゃってしまう事が多かったので、今回も そうだろうと思っていたらやっぱり雪は溶けてきた。
それはとってもひょんな出来事だった。ドアを裏と表から同時に開けようとした時にバッタリ出会って 「おぉぉぉ!」と楽しいハプニングが起きた時だったんだけど、こういう事って普通の生活の中でたまにあるけどそれが問題の者同士だとそれが上手く働いてお互いの緊張を解いちゃったりすることとなる。
しかしこれもお互いが自分の心をあらかじめ良い方向に向けていた、という心の下準備があったからだとは思う。つまり、 いくら初対面でお互いに「やだなー」と思っていたり、片方が片方にチクチクやってたとしても 心の中では「悪い事したなー」とか自分で反省をしていたりすると、何故かしら良い方向に向いていく。
今回は運よくも自分で反省をしたり向上心のある人だったから上手く行ったのかも知れない。 これが中身がドロドロ黒い、「もっと虐めてやろう」とか「ざまあみろ!」なんて思うお方であれば お互いに歩み寄ろうとしなかったであろうし、自分の言動も省みることも無かっただろう。 しかし、良かったなあ。いい人で。



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心の日記(2)

これは「いじめについて」のページに書こうかどうしようかと思ったけど、「心の日記」シリーズに 入ると思うのでこっちに書こうと思う。

「いじめについて」のページで「自分はあまりいじめのある職場に居た事が無い」と書いたような気がするが 今現在私は攻撃に遭っている。大体何でも出来ちゃう私なので嫉妬深い人からはモロに刃を向けられる・笑。 その人の他の人とは全く違う私への物言いに、例の(↓日記1で書いた)先輩も目を丸くしていたのを目撃 した・笑。
原因は大体わかっている。仕事が結構出来てしまう私は(自慢する気は無い。ただ一生懸命お客様に 尽くしている、それだけ。)、会社からも応援してもらえる。それから同僚に対しては努めて長所を見つけていてそれを口に出して伝えている。けしておべっかなんかではない。本当の事を言うのだ。そうすると 自分も嬉しいのだ。そんな素晴らしい同僚と一緒に働けるのだから。
こんなように、私はとんでもなくポジティブだ。前向きすぎるほど前向きな姿勢。そして困っている同僚がいたら進んで助ける。しかし約一名くらいは私の事をとんでもなく嫌う人が大抵はいる(笑)。 攻撃を受けているのはそんな私のやり方を気に入らない、ある有能な同僚なのだ。
彼女は仕事ができる。だからデン!としていればいいのだ。しかし私の一挙手一投足がミョーに気になるらしい。仕事も休み時間も。うんざり来るところだが、私も何か彼女のカンに触ったような事を言ったのかもしれない。自分も何か悪いところが無かったか、その辺りは謙虚にならないといけないと思う。
逆に、私は彼女の事が心配である。いつも私の事を気にしていなければならない時間の融通の無さ。 そして私にチクチクもの言いをする場合、彼女の顔は申し訳ないが物凄く汚くなっている。表情というものは 心を表すもので、醜い感情を抱いている場合は顔もそのような顔になってしまう。彼女は本当は とてもキュートな顔つきをしてるのに私に口撃的なしゃべりをする時はまるで般若の面持ちなのだ。。。 本当に勿体無い。ただただ、私はそれを心配している。


2007/02/27  アリガト♪




心の日記(1)

仕事場でお昼の時、隣に座った先輩(50代女性)から目が点になったという話を聞いた。

先輩がスーパーのレジで順番待ちをしている時に見かけたそうだ。若い女性とおばあちゃんが肩越しにぶつかった。おばあちゃんは申し訳無さそうに、相手女性に一生懸命頭を下げて謝っている。 一方20代半ばと思われるその若い女性は全くの知らんぷり。あさっての方向を向いてツーンとしていたそうな。

ふん。こういう事たまに見かけるな。かく言う私も昔はこの世は我が物顔でいたからな。だけど 色んな事があって、やっとこの4、5年ほどで目が覚めた。
「思いやりを持って。人には優しくしてあげる事。」なーんてな(笑)。
この事を先輩に言うと、「そうかー!判ってるんだー(こういう事が判るような人種になれたのねという 意味)!でもこういう事を判るには途中で苦しい事とか 大きな事が無いとなかなかわからないものよ。色々あったんでしょう。」と仰られた。うん。確かに物凄い出来事があって、非常に辛く苦しかった。でも私の場合はそれがあったからこそ人への思いやりを持て出したのだ。 先輩の仰った事は図星だった・笑。そこで人への思いやりについて話が盛り上がった。

「先輩、いいコトをすると、ぜーーったい、自分に(良いものが)返って来ませんか?」
「そうよー。判ってるのねー。でもどうしてでしょうねえ。あれって本当に不思議よねー。」
「でも先輩、私がそういう事判りだしたのここ数年ですよ(汗)。」
「でもまだ歳を取っても判らない人は判っていないからねぇ。」

と言って私たち二人は「まぁ〜おめでとうさん!」とお互いに褒めあった・笑。 はぁ。私も30代後半でやっとですよ。(おそっ!・・・一人ツッコミ。でもこういう事を小さい時から 家で習ったり親のそういう姿を見ることが出来ていればもっと早かったのでは、と思う。)

ま、かの若い女性はその場が妙に恥ずかしくってあんな感じだったけど、家に帰ったら反省してくれている・・・と嬉しいナ。


2007/02/27  アリガト♪




いじめは「犯罪」である。

新聞の記事と番組「オーラの泉」(12月27日放映分))などを参考に書くつもりです。
JUNの手が空くまでお待ちください。。。

↑↑↑↑↑今問題になっている「いじめ」についてホント毎日気になっているので、いっそのこと 犯罪である「いじめ」についてページを作りました。こちらからどうぞ。 または上部目次バーから。

2007/01/02 00:48 アリガト♪


My Sony Card(ソニーファイナンス)



生死彷徨う祖母を見舞ってきました。U

(↓)26日に遠く離れた祖母のところ(病院)に見舞いに行ったからだろう、その晩は 凄く疲れていた。何が疲れたのかって、あんなに衰弱、というかちょっと肥えてたからガリガリの 栄養失調ってなわけではなかったけど、私の事も判らない、目もわずかにしか開けなかった祖母の 姿そのものが知らぬ間に私にショックを与えていたような気がする。「以前の元気なおばあちゃんでは ない!!」それで疲れたんだと思う。
私が知ってたおばあちゃんの姿はそれはとてもお洒落でスマートで、昨日見た寝たきり老人そのままの 格好は本当に私は「がっくり」来てた。田舎娘だけどハイカラでお洒落な祖母のベッド姿は、 とてもじゃないけど以前の本人なら満足できる状態ではなかった。直接的に言えば、「綺麗・清潔」とは いえない状態だった。(私がせめてお役に立とうと耳掃除やお顔拭きをしてあげた程度だが)

老人が寝たきりになると介護が必要で、介護というものは叔母や先輩から聞いたことがあるが 赤ちゃんを育てるよりも「大変」ならしい。動かすのに重たいし、臭う排泄物の処理もある。 介護者の生活もあるし仕事もある。「戦い」だと言った人もいるくらいだし。さぞ「大変」なんだろう と思う。
だから以前から持っていた介護される側の要望を100%通すのは難しいようだ。自分だったらもし そのような状況になったらどのようでありたいだろう。生きるか死ぬかといった自分の手の届かない バタバタしたところにあって、ちょっとでもいい、満足できる死に際で居られるのかなぁと思った。



2006/12/27 21:05 アリガト♪





生死彷徨う祖母を見舞ってきました。

兄弟から祖母の近況を教えてもらった。つい最近にも叔父達、つまり祖母の子供達が病院の先生により 全員の召集がかかったくらい状況は良くは無いとの事。私も忙しさにかまけて当分見舞いに 行っていなかったが、母方の祖母は大変私を可愛がってくれていたので私も祖母の事は大好きで、 だから心の隅には何かあったら「行かなくては。」と前々から思っていた。(「何かあったら」で行くより 常々から面倒見に行くようにしなければいけなかったのだろうけど)

私は結婚せずに子供を産んだので祖母が一度危ない状態になった時も、顔を出すのは「恥ずかしい事」の 様に思われていたのか、祖母がびっくりするから「行くな」という意味だったのか分からないけど 私が出向く事は「自粛しなさい」というような空気があったので行こうにも行けなかった。
で、今日たまたま仕事が休みだったので(多分これも江原さん達の言う「必然」 でしょうな)、みなとを連れて雨の中50キロほど離れた病院へと向かった。(こっそり、かな?)

到着してまず名前が違ったので面くらい、看護婦さんに住所等確認してやっと祖母だと確認。 顔は似ていたが道中は「さぞやせ細ってガリガリなんだろう。」と運転しながら思って来たから、 少し太めになったおばあちゃんの顔を見て「違うかなぁ?」と思い確信が持てなかった。
話しかけつつ(もう返事も出来ないし私だとわかっていないだろうけど)、「あぁこんな顔だったな、 母にそっくりだな、私も逝く時はこんな顔になるのかな。。。」などと到着した時よりは祖母である事を 実感しだした。

耳を見ると耳垢が溜まっている。泥のようにわっさわっさと溜まっていた。
おばあちゃんは私と遊んでいた頃「歳を取っても○○は絶対にしない。格好悪いもの。」なんて、田舎娘に してはちょっとハイカラな感じだったのを思い出し、「これじゃあ、絶対にイヤだろうな。」と 耳掃除をしてあげようと麺棒を部屋じゅうを探したけど見つからない、、、と思っていたら滅多にかばんの中 には入れない麺棒セットを昨日たまたま入れたのを思い出した。
「ははーん、ここで使う為ね。」とまたまた「必然」を思い出して自分で自分の行為を有難がった。せっせ と綺麗にして、あとはまたまた必然的に入れたちょうどいい大きさのハンカチをお湯で湿らせ、 顔を丁寧に拭いてあげ、耳もまたそっと撫でて上げた。その間もこっちはべちゃくちゃ独り言を 言いながらだけど。

「ちゃんと顔をふかなきゃ。髪もグジャグジャになっているよ。こうやってとかしておくよ。」

おばあちゃんの顔はツルッとしてきた。さっきのみすぼらしい姿は無い。これでやっとおばあちゃんらしい おばあちゃんに戻ったと思った。

「また来るよ。」と布団をめくり上げ、小さく縮こまっている手を握った。縮こまっているけど 多分寒いんだろうな。うちの家系は寒がりでいつも冬は「寒い、寒い」と言っていたものな。炬燵が 大好きなおばあちゃんだったから絶対これは寒い!!と、一枚しか掛かっていなかった上に、もう一つ 厚い掛け布団もかけた。

病院の人から何か言われるかもしれない、でもこれじゃあ「寒い」って。



2006/12/26 16:05 アリガト♪








我が子を虐待死させる母親について考えるU

我が子を虐待死させる母親って30代後半が多いような気がするって前から思ってたんだけど、 どうなんだろ?

出産って、若ければ「体力の確保」を、比較的遅く産んだ場合は歳を重ねていることから「精神の安定」 が、それぞれの利点だと育児本で読んだ事あるけど、果たして本当に「精神の安定」につながっているの かなぁ?

全くの私見なんだけど、30代後半って歳も、それまで結婚出来なくての30年や結婚出来ても しなかった30年、それなりに年数を重ねている。性格なんかよく言われるけど、歳を取ると人間の性格は 改善するには相当に自己努力が必要だから、悪く言えば今まで自分本位で来たのが多分にあったりしたのでは?ま、自分もそうだけどさ。でも長年自分本位で来た者でも、子供が生まれたり何かのきっかけで それなりに自己反省したりする。それが上手な歳の取り方だと思う。
だけど我が子殺害にまで到る母親は、遅めで子供を授かった場合に、同じような状況の母親よりは なかなか「子供の為に。」とはなりにくくて、子供がグズったり男性との間を邪魔したりして 自分を悩ませ苦しませる子供に対し必要以上に子供を疎ましく思ってたのではないだろうか?

つまり、「自分」というものを大事にしてきた年数が長く、子供が生まれた後も 他の同年代のお母さんのように子供の事「も」考える優しい心を持てず、「自分」を最優先にして物事考えて、振り返る事の無いような状況になってしまっていたのではないだろうか? (後になって自分のやったことに対し反省したりはできるかもしれないがやはりそれは 事が起こる前に十分な自己解析や自己研究に手をつけていなければならなかったと思う。それに 十分な歳を取っていた訳だから。)

・・つまり自己中心的で、歳の割には精神的発達がなされていないような者がアブないのでは、と思う。 異性の男性にのぼせちゃったりして子供は二の次、まず男性から愛される自分を作りたいが為に子供との時間を邪魔臭く思っちゃったりする者とか。とりあえず全ての鬱憤を、一番弱い子供に対して発散させ受けさせる、 とか。

あと、そういった母親への対処の事だが、例の進藤容疑者なんて報道されていたぶんには、 「虐待しそうだ」って一応SOSを出していたそうなんだよな。これは↓で書いたけど、 女児殺害の小林薫容疑者に似てるって感じる。つまり 自分でヤりそうだってわかっているのにそれを止められないってところ。もう、子育てだオトコだ、で こんがらがってる状況はまだマシで、それすら通り過ぎて今度はヤりそうだって言っているんだから かなり危ない段階まで来てたって訳だよな。精神的に十分熟していないから、それまでところどころで ストップが掛かるはずの所で掛かっていなかった、という事だ。

だから何とか水際でもいいから我が子虐待を阻止する為には、そんな段階まで母親がやってくるのをまずは 止めなきゃなんないと思う。
方法としてはどうなんだろ。とりあえずそんな気持ち・・「虐待するかもしれない」っていうかなり最終段階 まで来ている母親に対しまずはコンタクトを取る必要があると思う。でもどうやって最終段階の母親を判別 するの???しかしまずはコンタクトを取る事は必要で、どういう母親かって言うと、私みたいにシングルマザーで全く一人の子育てに限界を感じている者とか、生活保護を受けなければならない程の生活状態で 子育てより生活そのものの維持に非常に必死で子供との生活が全く成り立っていない母親とか、 その他レッドカード基準の母親など。
でも、そういう最終段階でコンタクトとってもぎりぎりだよな。だからそれより前に接触取りたい。 でも取ったとしてどうすればいいの?・・・とりあえず、「自己分析」や「性格検証」やその母親自信詳しく 自己を知る、という作業をまずさせなければいけないのでは?と思うんだけど。。。。

注)勿論30代後半母親が全てそうではないですよ。ご心配なく。私だって 変なことはしませんから!

・・・つづく。

2006/12/07 23:20 アリガト♪




我が子を虐待死させる母親について考える

秋田の鈴香容疑者に続き進藤容疑者がまたも我が子殺害で逮捕された。用水路にどつき回した諒介ちゃんを 放置した後、窒息死させた疑い。子供の事を可愛いけど自分の自由の為にはうっとうしぃなぁ〜と 日々思っている私でさえも、このニュースを聞いてゾッとした。

確かに私もみなとの事怒鳴ったり、それにヒステリーを起こしちゃったりもする。それにそれに、 正直、「うわっ、やりそうになった・・」ヒヤッとする事も滅多にないけどある。具体的に書くと、朝、 仕事の時間を気にして早く園の用意をさせようとしている時など、みなとに服を着させている時とか、 私が「キィ〜ッ!!」と頭でお湯を沸かしている時、力の入れ加減でオオゴトになるかならないかの 瞬間になることがあったりする。つまり服を頭からかぶせている時に力入れ過ぎて首が曲がっちゃう んじゃないかってヒヤッとしちゃったりする事。
こういう時は「あっぶな〜(冷や汗)」と我に返って自分を戒めたりするんだけど、これなんかも TVでよく解説員が「カッとなって犯行に及んだ」と言ってるのと軽めにおんなじ状況かなぁと 思ったりなんかする。

その解説員が言ってたんだけど、この様な母親には幾つか傾向があるとの事。その傾向に私は結構 ひっかかっている。例えば、1)幼少時に虐待された過去がある。2)ヒステリーを起こし易い。 3)母親が孤立した状態。等。
1)は幼少時ではないけど親から暴力を振るわれた。2)もそうだし(大人同士の付き合いでは全く 皆無なのにみなととの生活ではヒスが起こり易い)、3)もそう、私は親の手も借りず全く一人での 子育てだし。

おいおい、自己分析してみると危ないじゃないか、JUNよ。傾向が似ているじゃないか。しかし私はみなとを ヤらない。そこまでは行かない。同じような傾向のある私JUNと進藤容疑者との間の違いはナンだ??
その辺考えて行ったら何か解決策と言うか、何とか我が子虐待死を食い止める策が何か出てくるような 気がしないでもないんだけど・・・。

つづく・・・・。(このテーマは日々考えているのでまた書いて行きます)

今日はここまで。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【参考解説】(毎日新聞の記事より)

野田正彰・関西学院大教授(精神病理学専攻)の話
 社会的底辺で虐げられた女性は、経済難などの苦痛から逃れるため、関心が子育てよりも男性との関係に向かう場合が多い。落ち着いた状態では子供を可愛がるが、感情が不安定な時に子供を疎ましく感じるようになる。進藤容疑者には、そのような自分の姿勢を批判的に検証する能力もなかったのだろう。この点は畠山鈴香被告と共通している。進藤容疑者は、恵まれない状態で子供を産み、相手の男性との関係もうまくいかなくなって別れるといったことを繰り返していたのだろう。遺体発見時に名前を呼んで泣き叫んだのも意図的な演技ではないか。そのうちに、子供を失った悲しみに酔っていったのかもしれない。

【進藤容疑者・鈴香容疑者の類似点】(毎日新聞の記事より)
・母子二人暮らしで近所から孤立。
・子供が疎まれたりしかられたりしながらも、母親を慕っていたこと。
・普段は無口でおとなしいが、時折「キレる」性格。等々。【福永方人さん、津村豊和さん記事】

【件数】(毎日新聞の記事より)
警察庁によると、昨年検挙された殺人事件で親が実子を殺害した事件は106件あった。00年以降は毎年100件以上起きており、悲しい事件が後を絶たない。【遠山和彦さん記事】

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皆さん、どう思われます???

2006/11/20 17:00 アリガト♪



恋愛結婚の新しいカタチ「オーネット」




伝言ゲーム

私はAさんという人にあることを伝えたかった。しかしAさんは不在だったので、代わりにBさんに伝えたい事を 話し、Aさんに話してもらうようにしていたのだ。しかし残念な事に自分が思った通りのニュアンスや意味合いがきちんと伝わっていない事が今日判った(恐子風に・・「残念だよっ!!」)。一人でも間に人が入ると その人なりの解釈がプラスされてしまう為だと思われる。おかげで正式なものを伝えるにはもう一度Aさんに 直接同じ事を話さなければならないし、Bさんが新たに加えた余分な意味合いは誤解であると、それも 話さなければならなくなった。2度手間だし、誤解も解かなければいけないし、二重にも三重に 面倒臭いのが重なって、「超面倒臭がり屋」の私としては、「直接話をした方が文字通り話がハヤイ!」 と伝言ゲームなんてやらなきゃよかったと思ったのであった。。。。うぅ(涙。


自分の仕事を他の人にお願いしておいてもきちんとやってくれているかどうかはわかりませんよぉ。。。 きちんとやってくれてなくても、頼んだあなたの責任。昔部下を持ってた時、散々言ってた事なのになぁ ・・・。うぅ(涙)

2006/11/10 01:40 アリガト♪


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ワタシハワガコガダイジデアル。


【2×××年、△月○日】


「あっ、こんにちは〜。今日もお天気がいいですねぇ。」

「そうですねぇ。気持ちがいいですねぇ。たまっていた洗濯もよく乾いて。
ところで、あそこの(指差して)お家の僕、今年高校卒業試験のはずだったけど、例の召集が来て・・。」

「あそこのお家がですか!?」

「そう。だから卒業試験は要らないからって、最近夜遅くまで地下集合所で遊びまくってるわよ。
そりゃあねえ、可哀相に・・。親御さんも好きな事やらせてあげる気になってるのよ。」

「シーッ!可哀相、なんて言っちゃだめよ。おととい、見回りが来てたわよ、向こうの通りも!!」

「・・・そう。あの、、ね、、、、。あなただから言うんだけど、実は・・・。あの、うちの子にもこれが ・・・。」

「しょ・・・・召集?」

「そう。本当は今、私、ノイローゼ気味なの。。。寝れないの。。。死にたいくらいよ・・・。」

「・・・そう、でしょうね、、、、。断れば、いいじゃない、断りなさいよ病気だって言って・・。」

「病院の証明がいるのよ、そんなの取れるわけないじゃない!!・・・。」




「おい!!!そこの二人!!!何をしている!!!洗濯が済んだら早く核シェルターに戻りなさい!!!」


この会話、吐き気がしてきた方、ボタンしっかり、お願いいたします。↓↓↓世の中、平和でナンボ!!!

2006/10/27 15:40 アリガト♪


セコム(ココセコム)




座ったなりモァ〜ッ!


おいしいラーメン屋さんに行った。入ったらちょっと奥の方に進み、座卓テーブルがあったので 店の一番奥にあたる位置にみなとと二人並んで座った。
座ってすぐ、隣のテーブルに女性一人を含む40代くらいのサラリーマン4人組が座った。 座ったとたんに3人分のタバコの煙が「モァ〜ッ!!」と部屋隅の私たち二人をすっかり覆った。 あぜーん。怒りを通り越して目が点になった。でもすぐ、煙が来ない別のテーブルに移動した。 みなとは少し喘息持ちだからだ。
しかし私たち二人が隅に座っていたからいけなかったのか?
禁煙でない店にタバコの煙が嫌いな者が来る事自体、マズかったのか?
ま、どーでもいいけど店の外まで12mくらい。私なら「吸ってもいいですか?」と尋ねるか (それも勇気がいると思うけどな、子供を目の前にして)、外に出て吸うか。
しかしこれは自分に子供がいるから、そう思うのかな?子供がいなかったら気づかないのは 当たり前なのかな?喘息持ちでなくたって、子供がいたらちょっとは遠慮しないのだろうか? 母親が自分の子供を守ろうとするエゴなのかな?(こんな事書いてたらJTは宣伝できないなw)
なんて色んなギモンが沸いてきたけどちょうどそんな時に最近の新聞にこんな紹介が出ていた。

「吸えない店」一発検索! 全国の禁煙飲食店情報を掲載するグルメサイト!
「禁煙スタイル」

へぇ〜。なるほど、これはイイ!とまあ、自分の地域の外食店を検索すると禁煙外食店が 少ないのがわかったけど、こんなに少なかったとは(驚)。
でも知名度の高い大型チェーン店は省かれているそうだから比較的小さめのお店かな。でも こういうのがあれば呼吸器系に病気がある人とか子供連れとかに便利だと思った。
しっかし、タバコのは吸ってる煙より先っちょからモアモア出てる副流煙の方が害があるって 既に分かっている事だし、こんなあからさまにいきなり 害を振り撒かれた日には、ホント、「なんでこんな目に遭わなければいけないのよ!」と 青木さやかの 「どこ見てんのよ!!」じゃないけど、下から目で嘗め回しちゃうよ??
とそこまで物騒にもしないけどさ、せめて思いやりをもってね、「ちょっといいかな?」 くらいの事してくれれば、私たちも気持ちよく、他の席に移ったんだけどね。

やっぱ、ここでも「思いやり」ですな。


人がしてもらっては嫌な事は自分もしてはいけないな、と再確認の喫煙経験者JUNでした。 励ましのポチッをお願いいたします。

2006/10/27 15:40 アリガト♪




思いやりの大切さ

近頃胸の奥をぎゅっと締め付けるような事件が多い。

母子3人に対する放火殺人事件で事件を起こした発達障害の長男。大学医学部への進学を課す厳しい父親の呪縛から逃れたい思いから全てを消し去ろうと自宅に火をつけた。父親は職業である医師を辞め「親のエゴ」を反省し長男と自分自身を「更正」しようと「専門家の助力を得て、生き方や人との接し方などを学び直す」との新聞の記事だった。
また福岡県の事件だが、学校では絶対的存在である教師がいじめの発端者となり、中学生が苦しんで自殺。学びの場所であるはずの学校は、その狭い空間の中では彼は生き地獄の苦しみとなった。

あぁ、これらの事に共通している事って、「誤った方向に進んだ人間のこころ」だと思う。結論を言えば、「人に対する思いやり」を持って人生生きていれば、このような悲劇で終わらなかったのではないか、と思う。
放火殺人の長男の父親も、「医者になる事こそが幸せへの道だった」と事件以前はカンチガイしていたらしい。 多分この辺だろうな。社会はイケイケ高度成長でいい就職すればいい人生が待っている、だった あの頃の考えを知っている人ならそんな事言うかもしれない。でもそんな事は結構な家庭で 言われてきた事と思う。父親からも母親からも。方針は家それぞれだから幸せが医者にあるなら それはそれでいい。でも心を置き忘れた方針であり日常であったなら、私と同じ、心は 悲鳴を上げていたはずだ。父親も「長男は被害者」だと自覚している辺り、 3人の死者は、長男と父親の心の復活の為の犠牲になったのだと思う。亡くなった 長男のお母さん達のご冥福をお祈りいたします。

そして教師のいじめ。もう述べる必要もないと思う。生徒の気持ちを汲んでやるせめてもの 心があったならこのような事は起きなかったと思うからだ。しかし大の大人が子供を虐める なんて生徒は本当に辛かった事だと思う。この教師ももっと早く、「心の大切さ」を 学ぶ機会があって欲しかった。相手の身になって「自分だったらこのように感じる」と わが身として一度考えて直してみるといった作業を 自然にできるようになっていたはずだからだ。

色んなトラブル、事件を見てみるとこうして「心の大切さ・思いやり」を平生から 抱いていない事から発生しているのがほとんどなのではないか。それに思いやりができる心 というのは突然発生するものではない。私も今じゃその大切さが分るようになったけど、 最近だ。
私の場合でも家庭で「こころの大切さ」を幼い頃から学んでいればもっと早く色んな事に 気づけたと思う。人生の根幹はやはり、育った家庭や環境にあり、そこで「こころの大切さ、人への思いやり」を学ぶ。それなくして人生はひとりよがりで他人を省みずの最悪な ストーリーになってしまうという事だ。
こういった事を無くすにはどうすれば良いか。家庭で随時こころの問題に触れ、家族で話し合うことが必要だ。しかし私が育った家のように見かけはまともな家庭だったとしても中に入ったらそれは荒んだ家族で、そういったこころの教育がきちんと出来ていない場合もある。 (ACの家庭に多いのではないかな?)この場合は本を読むなどして自力で身に付けるか、 友達や社会の色んなグループなどど関わりを通して学習するなどした方がいいと思う。 (私の場合は辛い失敗の数々+歳・汗)
最近はすれ違い家族が多く話す時間さえ取れないようだ。食卓を囲む時間がベストだと思うが、 家庭という環境にいない子供もまた存在するので、こうなればもう、子供と話すときは いつでも(!)くらいでもいいのかな。周りの者はそれとなく言葉に混ぜたりニュアンスとして 含ませたり、いくらでも工夫をして教えていきたいと思う。時間が無い今の時代だけれども、子供達の心が歪まないようにそして自分達の心も是正していく為には全く惜しくない努力だと思う。

2006/10/27 15:40 アリガト♪


江原さんの最新。2006年12月号。新潮45の別冊。アマゾンで1500円以上買うと送料無料で送ってもらえます。

か・買いました!でも新しい仕事で、時間がいっぱいいっぱいです・・(涙)読んだらレビュー書きますね♪



++独白++

T

〜人間というものは挫折や失敗などを経験する回数が少ない人ほど、可哀相なものは無いと思う〜


アタシは昔から勉強は良く出来た。小学校はご飯より遊びだったにも関わらず、高学年から勉強をした覚えが 無いのに100点をよく取って帰った。クラスの友達に「カンニングしたんちゃうか?」と言われたくらいだ。
中学校高校も音楽以外はオール5(5段階評価)。総合実力テストでも県で3位に入る事もあった。 音楽は、担当の教師が女の子をどついて顔に傷をつけ、校内暴力が流行った生徒が勇ましかった時代も あるけど、それでみんなが怒って授業をボイコット。その為「5」をくれなかったというもの。
大学は勉強好きになったお蔭で難なく合格。大学院は遊び捲くっていたのと試験をナメてたもんで 予想通り落ちた。(この時担当教授に、「君は今まで何の失敗も無かった。今回は落ちて良かったのだ。」 といわれた。これがこの先の人生を象徴する伏線だったような気がする。)
卒業して仕事はと言えば、大体の事は上手く出来た。、女だてらに昇進もした。部下も抱え、 人生においては「このアタシ以上によく出来るオンナはいないだろう」と、常に他人との優位性を 一人で勝手に抱いていた。
とにかく何をもってしても内心では他人の事をけなし、バカにしていた。

で、これらに対する強烈な反省感が沸き起こる。昨日の事だ。
ここ4,5年で相当私も丸くなって人生について色々分かって来ていたのだけれど、本当に決定的に 感じる出来事だった。ある事でトラブルが起き、私はその原因となる立場に立った。 すると相手方はここぞとばかりに私を責め立てた。内容的には軽いトラブルだったのに、相手方は まるで般若の面持ちで私をにらみつけては罵倒した。私は本当にやるせなかった。屈辱的にやられた。 しかしその恐ろしい顔や態度を見て思った。

これは私が今まで色んな人に対して取ってきた態度じゃないのか!

と。体中に鳥肌が立った。「私は今までこんな事を、こんな事を人にしてきたのか?」と。すると 頭の中にいわゆる走馬灯のように、失敗をけなしまくった外食先の店員の事や自分より仕事が劣る会社の 上司、母親や兄弟とのやりとりなど、色んな人が巡り回った。

「ごめんなさい。」

と思うと同時に私は吐き気までもよおしていた。

U


相手を許すこと相手の存在を大切に思う事

この事を若い時から分かっていれば、と空白の何年間か (十何年だろうな)がとても悔しい。なんで分かっていなかったのか。
勉強も仕事も出来て、自分はエラいと舞い上がっていたのに加え、それ以前、家庭で母親なり父親なりから そういう事を話題に出すという環境が無かった事が原因なのではないかと思う。
人間の根本的な土台を作る、そういう思想というか、人生これは心得ておかなきゃならん!と 言うものを伝えてもらっていれば良かったのかなと思う。これは子供が生活していく中で自然に体得出来る 子とそうでない子供も(私の様に)いると思うから、家庭では確認の意味も含めて親が実際に口に出して 子供に伝えていくといった作業をしていく事が大事なのだと思う。
よく人が「俺のおやじからは絶対に嘘だけはつくなと教えられてきた。」「人に迷惑をかけるなと母親が 耳にタコが出来るくらいに言われた」というのを聞くことがある。私はそんな類の事は言われた事は 無かったし、そんな話をしてくれる友達の家をいつも羨ましいなあと思っていたものだ。

私のこの家も母子家庭で説明員が一人足りない(笑)けど、こういう当たり前の事を自然に出来るわが子 だったとしても、私は口に出して、そういった人間としての根本的な大事な事を、いちいち伝え続けて 言ってやろうと思っている。それが子供への財産になると思うから。

独り言なんですけどこの独り言が達成できるように、これからも精進しろよと思ってくださる方、 励ましのポチッをお願いいたします。

JRANKホームページランキング 2006/10/10 21:05 アリガト♪



 



再犯の可能性のあるどうしようもない犯罪者へつけるクスリ。

更正不可能なだと自覚している犯罪者が死刑確定になった。2004年11月、奈良女児殺害で 奈良地裁から死刑を言い渡された「小林薫被告(37)」。控訴を10日に取り下げ、死刑確定。 「早く死刑にして欲しい」とも公判で発言していたらしい(毎日新聞)。 なーんか、この被告と空気が似たような犯罪者が過去に居た。そうだ、思い出した。すぐに思い出せた。 大阪教育大付属池田小学校での自動殺傷事件の「宅間守・元死刑囚(04年執行)」だ。あまりにも 無残残酷強烈な事件だったので、忘れっぽい私でも覚えている。宅間元死刑囚もまた、本人が控訴を取り下げ 死刑判決が確定したこれまた更正不可能、死刑希望の犯罪者だった。
これは世間から言わせたら(私も含め)許されないことなんだけど、彼らはひょっとしたら、表に出てこない心の奥底で片隅で意識の1%にも満たない所で、「生きたい」という 願望があったかもしれない(どーいう事をしてイキタイのかは知らんけどね)。でも、それよりも数十倍彼らの心を支配していたのは、再犯の可能性の自覚、そしてそれを阻止できない自分の存在をはるかに凌ぐ、少々の良心では覆す事の出来ない、黒く蠢く大きな力だったのでは、と思う。私見だけどね。

つまり、「自分ではどーすることも出来ない」ほどに成長した欲望に彼らの脳は支配されていたって事だ。 彼ら自身自覚していた「更正不可能な自分」。これは「そーしたい」から「そーしたい」のであって、 彼らに理由は無い。 我々は理由がある。そんな事をしたら死刑になる、憎い相手を殺しても自分が死刑になるのは嫌だ、と ちゃんと理性が働く。しかし彼らは理性自体が働かない。これはどーにかなるんじゃないか?と私は考える。 つまり、理性が働かないのだから、理性が働くようにすればいいんじゃないか、ストップできる自分を 作れるようにすればいいんじゃないか?と考える。 「じゃ、それを教えてくれ!」となると思うけど、私もわかんない。

私のこの提案は、 実はお医者さんにぶつけてみたいのだ! さっさと言えば、理性を働かせなくするのは人間の脳なんだから その理性をつかさどる部分の働きを強化する為の「ナニカ」という知恵をお医者さんから拝借したいのだ。 私は医療はとんと知らない。でも企画部在籍の経験もあり、何かを提案する事は得意だ(笑)!それが ホルモン剤を打つだの、その理性や道徳を守る部分の脳ミソのところに、電気刺激を与えるとか、何か 出来ないのか?
もし、大学研究室内でもそういう研究をしていて、ひょっとしたら何か合成脳内ホルモン剤とか、 出来上がっているのかもしれない。でもそれが出来ていたとしてもそういったクスリを適用するにあたっては かなり問題が生じるだろう。一体、何を基準として理性が働いていない、と証明できるのか?といったような 事だ。この辺はお医者さんにガイドラインでも作ってもらって、国会法案に通してもらいたい。そうしたら、 「本当は治したいけど治らない自分」を助ける為に、1%の良心でもってそのクスリを手に入れ、 犯罪予備軍で自己改良に進む人が出てきてくれたら、悲しむ人が減る事になり、私はとっても嬉しいのだ。

脳が殺す―連続殺人犯:前頭葉の“秘密”



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自分が自分をほめてあげなきゃ!
「私なんて・・・。」「私なんか・・・。」「どうせ・・・。」が口癖の友人がいる。
のっけからはっきり書いてちょっとヒクかもしれないが、言いたい。

自分を必要以上に卑下したような態度の友人は、イヤだ。

こちらがどんな前向きな話をしようと、その友人を励まそうが、返ってくる言葉は上の3つがもれなくついて来る。いらねーっつうの。どうしてか?こちらもドロドロ沼淵ワールドに引き込まれて行っちゃいそうだからだ。
私も以前若い時(10代の頃)は、悲劇のヒロインもまた感覚的にはステキ(!)だったのだろう、どっぷりハマっちゃった日もそりゃああったよ。恋人に振られて「もう、この世の終わり!」とばかり、死んでやろう!とカッターナイフをしゅるしゅるしゅると出して左手首に当ててみたりくらいはやってみた。この時ばかりは ヒロインになりきっちゃてるので、ここまでで十分だ。あいにく、自殺願望はその時もなかったから、引き出し 引っ張ってさっさと入れちゃった。
しかし私も歳をとり30代。友達もそうだ。まだこの歳になって「私なんか・・・。」の口癖は止めた方がいい。なんでか?まだ他にも理由がある。美輪さん(美輪明宏さん)も仰ってたが、

自分の事は自分でほめなきゃ誰がほめてあげるの?

っつーことだ。人の事はよくわからない。でも自分の事は自分が一番良く知っている。その自分が自分の力を 認め、ほめてあげる事が大事、との事。これも「オーラの泉」の中で聞いたんだけどね。
そうだよなー。自分を否定しちゃうともうそこから何も生まれてこない。そういう人はいいアイデアが出たって 「どうせ・・・。」で、自己却下しちゃうんだろうなー。
美輪さんの仰る事にプラス、周りにドロドロオーラを撒き散らすと言う嫌な人間にもならなくて済むあたり、まだ「どうせ・・。」が口癖のお方は、まずその言葉を発しないように努めましょう。そこから思考回路が パァーッと明るくなって自分に自信もついて来ると思う。

江原さんの本


メールって目で読むしかない言葉、難しい。
友達から相談を受けて(と言うより勝手に私が引き受けてw)、メールでやりとりしてた。友達が携帯メール。 私がパソコンからのEメール。私は叩く速度もあり、ガンガンに長文メールを書ける。普通にメールでやり取り してても「まだ言葉足りないのではないか?」と不安になることも手伝って、手取り足取りと言った具合に 主語をなるべく省かず、重要なところは括弧(「」)でくくるなどして強調のサインも示したり、できるだけ 自分の真意が伝わるよう、メール一つにも分りやすく読まれる様に努力していた。
しかしそれでもメールって難しいなぁ、自分が思っている事がなかなか伝わりにくいのである。だから最近、 友達とメールが原因でチグハグしてしまった事があった。今は電話を入れて解決したので仲は戻ったが。

メールと言うものは五感全てを使える対面時の会話とは全く異なる。
対面して会話する場合は、声のイントネーション、強弱、顔の表情、身振り手振り、うなずき、相槌、 さえぎり、どもり、繰り返し・・・など様々な要素が言葉の意味を補足・強化していく。 ちょっと昔、メールがこんなに大流行する初期の頃、やりとりする学生同士の間などで意味の誤解が生じるなどしてトラブルが多発した頃、各新聞や雑誌などは
「メールでは真意が伝わりにくい事を念頭に置く事」
などと注意警告し、啓発していた。
今もみんなは、メールは時々誤解を生み出してしまうという危機感をまだ持っているだろうか? 何気ない会話としてのメールであったならまだ軽症で済むかもしれないけど、私の例でも、友達からの相談話 とか、友達同士の間では重要な内容のメールであれば、すっごく慎重にメールは書かないといけないと思う。
最近なんかパソコンのネットなんて常時接続だし料金的なことをあまり気にしないでメールがいくらでも 書ける。携帯メールでもかなりお得な料金。だから気軽に出せちゃうんだけど、特に友達どうしなど 誤解が生じてはいけない重要度高い会話内容だと、よっぽど気をつけたほうがいい、と言う事を またあらためて思い出した、出来事であった。

気になったら、電話しようね。料金安いからメールは手軽だけど、高くついちゃうバヤイもあ・る・ぞ。」

2006/10/02 01:30 アリガト♪



グリコネットショップ


オーラの泉・・・人生は必然の連続
今日もYouTubeで「オーラの泉」を見てきた(YouTubeの検索欄に「オーラの泉」を入力)。そしてまた今日もいい言葉に出会ってきた。

「人生は一度ではない」

これは美輪さんが言ってたかな、人生は正負の法則、というのがあって。陰と明。マイナスの人生の 次はプラスの人生がやってくる、そうやって人生は次々、陰と明の繰り返しでやってきて、ずーっと続く、 人生は一回だけではない、と仰ってた。 これから私の人生も過去から今(今生)、そして未来へと次々に人生を送っていくのだろうか。多分、そう なんだろうな。
そして辛い事や嫌な事は、この今生での私に課せられた試練なんだろうな。試練というか、美輪さんは 「修行」と言っていたな。私にはいっぱい「修行」が課せられているのだと思う。
そしてその中の一番の「修行」が今の私には課せられている。
今まで私が気づかなかった大事な事を、最も辛い方法で教えてくれた。辛すぎてその「修行」には 触れたく無いほどだ。でも、これから常に意識していかなければならない。大事な事を私に意識させる為に その「修行」は私のところにやってきたのだと思う。

気のせいか、最近色んなものが見えてきだした。ちょっと前もあったから、「歳を取っていっているから 見えて来た」と思っていたが、「歳を取ったから」ではなく、色んな「修行が課せられているから」 そこから様々な事を学んできたもんだから色んな物が見えてきだしたのだと思う。
最近みなとのパパと話をした。「歳を取って来ると色んな事が見えてくるよなあ。」 でもこれは「歳」ではなく様々な「修行」に出会うからこそ得られるんだな、と私も、みなとのパパも 何となく、「修行」に意識が行っていると思う。

2006/09/28 13:13 アリガト♪


オーラの泉
人生においての出来事は全て偶然や無駄ではなく、必然として起こり得るものである・・・と見たり聞いたりした事がある。一字一句その通りでは無いかもしれないけど、その「必然」て言う言葉に私は心臓をギュッと締め付けられる様な感覚を覚えた。それはどこで見たかというと、スピリチュアルカウンセラーの江原さんの本や番組で、なのだ。さっきもYouTubeでテレビ朝日「オーラの泉」で、小池栄子、村上弘明、相田翔子、研ナオコ、オダギリジョーがゲストの放映分を見てきた。(「オーラの泉」で検索)
どのゲストの時の江原さんのコメントも聞き逃す事が出来ない。出来ないほど、今まで私が人生でモヤモヤしてきた事についての解決法に繋がる何かを話してくれている。隣で座っている美輪明宏さんのコメントも真を突いている。
放映分の中で、江原さんがゲストの個人的なところまで分かっちゃう、という「家宅侵入」も面白いが(ゲストの方々がビックリされている;例:村上弘明さん)、一番の見所はやはり、ゲストの今までの人生の起こった事は全て、必然的に起こって来た、と言う事を江原さん自ら詳しくゲストの人生を解説していくところだ。
YouTube見ながらそれら江原さんの言葉を自分に当てはめて過去を振り返って考えてみる。江原さんに私の人生を見てもらっているわけではないから全ての事について意味が分かってくる訳ではないが、ある程度の私の過去のの要所要所について「あぁ、こうだったのか!」と、本当に目からうろこと言うか、謎が解けたっ!っていうか、どのように解釈すれば良いのかその時に分かっていなかった事が今見えちゃったりする。
そしてこれからは「こうして行こう!」と少しずつ改善するべき点が分かってくるのだ。

2006/09/27 15:33